福建示范茶厂福建示範茶廠
福建示範茶廠
張天福が運営した崇安・赤石の戦時国営茶企業(1939–1942年)。福鼎・福安に支社を持ち、その拠点が武夷山の国営茶場・研究所の起源となった。
- 区分
- 国営工場
- 所在地
- 武夷山
- 創業
- 1939
歴史#
- 1938省茶業改良場が張天福の下で崇安・赤石へ移転する。
- 193910月2日に共同契約を結び、11月1日から赤石に準備組を置く。
- 19402月1日に正式営業開始。福鼎・福安支社を開き、7月に資本金を100万元へ増額する。
- 19424月、共同事業者が清算に合意。崇安の拠点は呉覚農の茶研究機関へ移る。
- 1946崇安茶叶试验场として接収され、張天福が場長となる。
別名・別表記 3#
中国語の別名
- 国营福建示范茶厂国営福建示範茶廠(福建の国営模範製茶工場)
- 示范茶厂示範茶廠(模範製茶工場)
- 崇安赤石 head office崇安・赤石の本部本部は崇安(現在の武夷山)の赤石。
名称と曖昧な点#
補足#
1938年10月、張天福は省茶業改良場を福安から崇安の赤石へ移した。1939年10月2日、福建省政府(福建貿易公司を通じて)と中国茶葉公司の契約で福建示範茶廠を設立。各側が30万元を出資し、1940年7月に100万元へ増資した。1940年2月1日に張を廠長として正式操業。福鼎(1940年3月)と福安(同4月)に分廠、武夷(林馥泉)・星村(王学文)・政和(陳椽)に直営製茶所を置いた。1942年4月に両者は解散に合意し、福鼎・福安・政和の資産は中国茶葉公司へ移った。崇安本部は呉覚農の財政部貿易委員会茶葉研究所となり、中国初の国立茶研究所と呼ばれることが多い。1945年以降は崇安茶葉試験場、1949年以降は省営国有茶場となった。