国营福鼎茶厂國營福鼎茶廠
国営福鼎茶廠
中茶系統下にあった福鼎の国営茶工場(1950年〜1990年代)。白琳工夫紅茶と白茶を輸出し、1993年以降に清算された。
- 区分
- 国営工場
- 所在地
- 福鼎
- 創業
- 1950
歴史#
- 1950中国茶葉公司福建支社が福鼎の国営茶工場建設を決定する。最初は旧广泰茶荘、後に市街の南校场を拠点とした。
- 1953工場管理下に白琳の一次加工場を設置する。
- 1978白琳工場が国营福鼎茶厂白琳分厂へ改称する。
- 1982白琳分工場は福鼎最大の国営茶工場と説明され、主に白茶輸出を担う。
- 1984茶市場が自由化され、国による買付独占が終わる。
- 1993工場が生産を停止し、資産を再編する(一説では破産宣告)。
- 2000破産手続きを開始する(12月)。
別名・別表記 5#
中国語の別名
- 福鼎茶厂福鼎茶廠
- 福鼎县茶厂福鼎県茶廠
- 福鼎縣茶廠福鼎県茶廠
- 国营闽东第二茶叶精制厂国営閩東第二茶葉精製廠福鼎の茶文化団体が、1953年の白琳一次加工場の親組織として示す名称。他の資料では未確認。
訳名・販売名
- Fuding County Tea Factory
名称と曖昧な点#
補足#
1950年、中国茶葉公司福建分公司が福鼎県の国営茶工場設立を決定した。市文書と口述に基づく福鼎市茶文化研究会の歴史によれば、県はまず白琳の旧広泰茶号を使用し、その後本工場を福鼎城内の観音閣近く、南校場の60畝の敷地へ移した。計画経済下では工場と県の買付所が茶を購入・加工し、中国茶葉福建分公司が輸出した。白琳分工場は1950年代にソ連・東欧向けの白琳工夫紅茶を製造し、1960年代に白茶・緑茶へ、1968年から後に新工芸白茶と呼ばれる輸出茶へ転換した(白琳の別項目参照)。1982年の白琳分工場は、白茶輸出を主とする福鼎最大の国営茶工場とされる。1984年に茶取引が自由化。同研究会によれば福鼎茶廠は1993年に操業を停止して資産を再編し(一説は破産宣告)、2000年12月に正式な破産手続きが始まった。現在の福鼎の複数企業が国営工場の伝統継承を称する。例えば福建省広福茶業は1957年の国営工場の伝統を継ぐとするが、自己説明であり、記録で確認した継承ではない。