下关下關
下関
洱海南端にある大理の行政中心地。沱茶の発祥地(1902年)であり、チベット向け辺銷緊圧茶の主要メーカー、下関茶廠(1941年)が置かれた。
基本情報#
所在地#
周辺の茶産地を座標に基づいて示しています。位置のみの表示で、境界は示していません。
22 地点 表示範囲の幅 · 122 km
11 地点 表示範囲の幅 · 56 km
地域の言葉#
民族#
- ペー族 白族
- 国家級無形文化遺産の紹介では、永昌祥を喜洲のペー族商号と明記し、下関沱茶の製法をペー族の人々が生み出した技術としている。
市場#
- 取引の中心地
- Xiaguan
- この産地をうたう茶の価格
- 2007年の暴落で、下関沱茶は約400元から160元/kgへ下落した(60%超)。
歴史#
別名と表記 3#
中国語の別名
- 下关街道下関街道 — 都市の行政区分大理市下関街道。大理州政府の所在地。
- 下关茶厂 / 下关沱茶集团下関茶廠/下関沱茶集団茶の話で「下関」と言えば、通常は場所ではなく工場を指す。
訳名・販売名
- Hsiakuan
補足#
大理市の都市中心部である下関は、2019年まで鎮で、2020年から街道となっている。雲南北西部、チベット、四川へ向かう茶馬古道の結節点である。1902年、喜洲の商号・永昌祥がここに精製所を開き、沱茶を創製した。国家無形文化遺産の登録解説は、これを技術の始まりとして扱う。チベット交易向けの緊茶と餅茶も作った。1941年、蒙蔵委員会などが関わる合弁事業として康蔵茶廠を設立。1942年から「宝焔」商標で緊茶をチベットへ販売した。工場は1950年に中国茶業公司の下関支社、1959年に雲南下関茶廠となった。下関方磚などの緊圧辺銷茶を作る、国指定の重点企業である。チベット向けの緊茶は、中空の椀形ではなく、柄のあるキノコ状で約250〜300 g。配合コードの工場番号は3。下関沱茶の製造技術は2011年に国家無形文化遺産に登録された。