プーアル茶を圧製する理由#
圧製茶は、茶類としてのプーアル茶より古くからあります。運びやすく、密に詰められ、保存が利くためです。GB/T 22111-2008はプーアル茶を生茶(shēngchá)と熟茶(shúchá)に分けます。熟茶には散茶(sǎnchá)と圧製茶(紧压茶、jǐnyāchá)がありますが、規格上、生茶は圧製茶のみで、ばらの生の葉はプーアル茶ではなく晒青毛茶に分類されます。圧製の手順は両方とも同じです。量った葉を短く蒸して柔らかくし、型や布袋で押し固め、乾燥します。これが蒸压(zhēngyā)で、蒸圧を参照してください。
圧縮の状態は、機器、圧力、水分、選ぶ形状によって変わります。石磨压(shímòyā)という石の重しによる圧製と布袋の結び目から、裏にくぼみのある見慣れた餅茶ができますが、機械圧製が鉄餅と同義というわけではありません。商務部の老舗ブランド博物館にある下関の説明は、何世代にもわたる沱茶圧製機を紹介しています。密に固めた铁饼(tiěbǐng、iron cake)は特定の形態であり、機械圧製茶ならすべて鉄餅と判定できるわけではありません。形やくぼみだけで圧製方法を証明することはできません。密な餅茶ほど必ず熟成が遅いという主張には、保管と茶そのものについての証拠が必要です。
圧製は規格化にも役立ちます。形と重量をそろえることで、工場は個数で数え、課税し、梱包し、値段を付けられます。この管理上の考え方は、現在のプーアル茶の販売や相場表示にも残っています。
圧製は商取引上も独立した工程になり得ます。張静紅の2007年の易武での調査では、初期加工で散状の乾燥した毛茶を作り、その後に蒸し、成形、圧製、乾燥、包装を行っていました。特定の茶山の毛茶を選び、餅茶への加工を監督する茶商の事例も記録しています。一枚の餅茶には複数の作り手が関わる可能性があり、栽培者、初期加工者、圧製の発注者や実施者が同じとは限りません。ロットをたどる際は、包み紙の名称を栽培者の名前とみなすのでなく、各工程を誰が担ったか確認しましょう(Zhang 2014、55–57、61頁)。
1234567要点#
形と重量#
代表的な形が餅(bǐng)です。357 gがよくある慣用の重量で、100・200・250・400・500 gの餅茶も一般的です。贈答用には数kgのものまであります。沱(tuó)は底に深いくぼみを持つ碗形で、100 gと250 gが伝統的な大きさです。この形は下関に結び付いており、その沱茶製造技術は国家級無形文化遺産に登録されています。下関で最初に沱茶を作ったのは永昌祥で、下関の7663は100 gの熟沱茶です。
砖(zhuān、磚茶)は長方形で、通常250 g、ほかに100・500・1,000 gがあります。昆明の7581は250 gの熟磚茶です。方茶(fāngchá)は100 gまたは200 gの正方形で、表面に文字を押し込んだものがよくあります。紧茶(jǐnchá)は約250~300 gのキノコ形で、くぼみの代わりに柄があり、チベット市場向けに作られました。下関の康蔵茶廠は1941年から製造し、1942年から宝焔(宝焰、Bǎoyàn)の商標を使いました。金瓜(jīnguā、金色の瓜)は、故宮博物院にある清代の貢茶にならった、側面に筋のある大きな丸い茶です。龙珠(lóngzhū、龍の珠)は、一回分の約5~10 gを手で小さな球に丸めたものです。
形と重量は、プーアル茶の商品情報の中でも自分で確認できる数少ない要素です。届いた茶を量ってみてください。
3220211522357 g、筒、件#
7餅をまとめる包装には清代の起源があります。『大清会典事例』から引用された1735年(雍正13年)の規則は、雲南の商人の茶を丸い茶7餅で1筒(tǒng)、重量49両(两)、32筒で課税用の1引(yǐn)と定めています。『清史稿』の版では1筒を七斤とし、本文の異同があります。清の庫平両を約37.3 gとして1餅7両(两)を計算すると約260 gなので、この規則が定めたのは枚数であり、現在の重量ではありません(出典の記述ではなく、当サイトの計算です)。
357 gは現代の数字です。7餅で2,499 gとなり、500 gの市斤(shìjīn)で約5斤です。七子饼茶(qīzǐbǐng chá、七子餅茶)という名は、1970年代初めに輸出包装の普洱圆茶に代わりました。資料によって1970年または1972年とされます。
件(jiàn)は輸送用の箱です。伝統的には12筒、84餅で約30 kgです。現在、大益は357 gの餅茶を竹皮の筒ではなく紙の提(tí)に7餅ずつまとめ、1件の数はロットによって異なります。2012年201ロット、2017年1701、2023年2301は6提(42餅)、2014年1401は4提(28餅)です。2007年701などの古い製品は84餅入りで取引されます。相場表示は1件または1提当たりなので、割り算の前に枚数を確認してください。本サイトは全ての相場を100 g当たりに換算します。
91082331112132425票、包装紙、その限界#
工場製プーアル茶には複数の印刷物が付属します。内飞(nèifēi、内飛)は工場やブランドの印がある小さな票で、圧製時に餅茶の表面へ埋め込みます(古いものは貼り付け式でした)。内票(nèipiào)は包装紙の内側に入れる大きめの別紙で、工場や商品情報を載せます。大票(dàpiào)は箱に入れるロット証票で、ロット、数量、茶種を示します。筒票(tǒngpiào)は筒に入れる票で、2000年頃以降は珍しくなりました。包装紙自体にはブランド、配合番号、現代の工場製茶では製造日と標準番号も記載します。
いずれも出所の証明を目的とし、いずれにも偽造があります。勐海は偽造対策を加えてきました。英語版Wikipediaでは、内飛の微細印刷とエンボス加工を1990年代末から2000年代初めとしています。一方、工場を引用する販売業者の説明は、偽造防止ラベルと内飛の導入を2006年、改良を2007年と2010年としています。2021年4月、上海警察は有名ブランドの偽造餅茶10 t超と偽包装紙20,000枚超の押収を発表しました。そのネット店は有名茶を約¥200~800で売っており、かつて¥1,000,000超と評価された2003年の茶も含まれていました。本物の包装紙が証明するのは、その包装紙が本物だということだけです。本物の包装紙を別の茶に使うこともできます。
各印刷物の詳細はプーアル茶の包装紙と内飛を読むを参照してください。票は相互確認の証拠として読みましょう。配合番号、ロット、製造日、大票が互いに一致し、その製品についての工場・市場の記録とも整合する必要があります。
32627284桁の配合番号#
唛号(màihào、マーク番号。唛は英語markの音訳)は輸出のための制度でした。雲南省の茶葉公司は1976年に省全体の会議を開き、云外茶业字第84/45号を発行し、18の茶の番号を定め、昆明、勐海、下関の工場に使用を求めました。1978年には全工場への正式通知が続きました。業界資料の一つは番号付けを1975年としています。会社名も資料によって、中国土産畜産進出口総公司雲南分公司、または単に雲南茶葉進出口公司と異なります。
餅茶、磚茶、沱茶の番号は4桁です。最初の2桁は配合を定めた年、3桁目は主な葉の等級、4桁目は工場です。7542は1975年の配合、4級の葉、勐海を表し、7572は熟茶の対応する配合です。8582と8592は1985年の勐海の生茶と熟茶、8653は下関、7581は昆明の1975年の熟磚です。散茶は5桁で、等級に2桁を使いました。
等級の数字は、小さいほど細かい葉を示す葉の大きさや柔らかさの尺度であり、品質そのものではありません。配合の平均等級か最上位の等級かについては、書き手の説明が一致しません。下関は3桁目を等級ではなく種類に用います。7262や7222など後年の一部の番号は、年と等級のどちらにも従いません。そして番号は製造ロットではなく配合の名です。同じ番号を他の工場が印刷した例もあり、CNNPの7542と勐海7542は同じではありません。
1415292330313233工場番号と資料間の相違#
中国語資料が一致する工場番号は四つです。1は昆明茶廠、2は勐海、3は下関、4は普洱茶厂です。ある業界資料では普洱茶廠は1975年4月に国営工場として設立されたとしています。所在地が思茅か旧普洱県城かは、引用資料では確定していません。界面新聞は現在の後継として、1は中茶(China Tea)の雲南部門、2は大益、3は下関沱茶集団、4は雲南普洱茶集団を挙げます。参考書の著者である石昆牧と中国語版Wikipediaの唛号の記事は1~3のみを挙げ、搜狐のある解説は4を餅茶に限っています。
英語資料は異なります。英語版Wikipediaは出典を付けず、4を瀾滄または鳳慶、5を普洱茶廠、6を六大茶山、8を海湾または龍生としています。確認した中国語資料はこれを支持しません。最も考えられる説明は、1990年代末以降の民間工場が形式を借りて独自の数字を割り当て、それが元の制度へ遡って解釈されたことです。5以上は後年の非公式な慣行と捉え、英語資料の4と5の対応には疑問が残ると考えてください。
元の三工場については、数字は信頼できる読み解きの手掛かりです。ただし製造者の証明ではありません。包装紙の2は配合が勐海に属することを示し、勐海が実際に圧製したかは他の証拠で判断します。勐海茶廠、下関茶廠、昆明茶廠を参照してください。
141629152333334勐海のロット番号#
同じ配合は繰り返し製造されるため、勐海は批次(pīcì、ロット)番号を印刷します。2000年代までは3桁で、年の末尾1桁に2桁の製造回数を続けました。701は2007年第1ロット、702は第2ロット、801は2008年第1ロットです。下関型のハイフン付き番号も同様で、8653-602は配合8653の2006年第2ロットです。その後4桁になり、1401は2014年第1ロット、2201は2022年第1ロットを示します。切替年を示す工場資料はありません。2012年は201、202などと書かれます。2013年は両表記が流通しています。台湾の販売者は最初の8582を「1301、301とも表記」とし、圧製日を2013年1月22~26日としています。Yunnan Sourcingは商品名で301、日付欄で1301とし、找找茶の市場データベースは2013年7742を1301で掲載します。2014年からは4桁が一般的です。中国語版Wikipediaは、勐海の年とロットの数字は2003年以降不規則になったとも記しているため、単一のコードは一つの証拠として扱いましょう。
注意点が二つあります。3桁では十年単位の区別ができず、701は1997年とも2007年とも読めるため、包装の様式や印刷日と合わせて判断します。また、年の最初のロットは良い毛茶を使うという見方から高く評価されがちですが、これは市場の認識であり、記録で裏付けられた品質差ではありません。
本サイトは勐海のロット番号を読み解き、記録年、印刷された製造日、商品に記載された年、販売者の商品名にあるロットと照合します。不一致は「要確認」と表示します。2007年 大益7542・701ロットと2022年 大益7572・2201ロットを参照してください。
1416293171130351819344桁の配合番号の工場数字#
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| 数字 | 国営時代の工場 | 現在の後継 | 例 | 資料の一致状況 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 昆明茶廠(昆明茶厂) | 中茶(China Tea)雲南 | 7581熟磚、250 g | 確認した中国語資料すべてで一致 |
| 2 | 勐海茶廠(勐海茶厂) | 大益(TAETEA) | 7542生茶、7572熟茶。357 gの餅茶 | 確認した中国語資料すべてで一致 |
| 3 | 下関茶廠(下关茶厂) | 下関沱茶集団 | 8653生餅、7663熟沱(100 g) | 確認した中国語資料すべてで一致 |
| 4 | 普洱茶廠(普洱茶厂)。所在地は確認資料では未確定 | 雲南普洱茶集団 | — | 楊凱(『普洱』)、界面新聞、搜狐。石昆牧と中国語版Wikipediaは1~3のみ。英語版Wikipediaは出典なしで瀾滄/鳳慶とする |
| 5以上 | 1976年の制度にはない | 民間工場による非公式な使用 | — | 英語版Wikipediaのみ。後年の慣行として扱う |
参考資料#
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- Jinghong Zhang. Puer Tea: Ancient Caravans and Urban Chic. University of Washington Press, 2014. ISBN 978-0-295-99322-5 (hardback); 978-0-295-99323-2 (paperback).
- 王缉东 (Wang Jidong). Pu-erh Tea (普洱茶). English translation by 陈铸芬 and 刘清伶; first edition January 2010. ISBN 978-7-5085-1743-8.